生きてくってね、簡単なことじゃないんすよ。
 や、まー皆さん、そんなこといちいち言われなくても知ってるっすよね。こんな世界で生きてる人ならね。
 でも、そんな苦労ももう終わりっす! 自分たちはついに明日、この地下監獄を脱出して、地上に出るっすよ!
 正直、何がどうなったのか自分はよく分かってないんすけど……まぁ、どうでもいいっす! 師匠と一緒に、ウワサの太陽を見られるんだから!
 なんだか興奮して眠れないっす。ちょっとその辺うろうろするっすかね。
 お、マモルさん発見っす。やっぱり眠れないんすかね? あんまり話したことないけど、誰でもいいからお喋りしたい気分なんで、思いきって話しかけてみるっす。
「マモルさん、こんばんはっす!」
「お? おお、くららか」
 マモルさんは何やらこそこそしてたのか、ちょっと驚いてるみたいっす。そう言えば昼間もあんまりお見かけしなかったような。どうかしたんすかね?
「明日の準備はちゃんとできてるっすか?」
「ああ、いや、俺たちは地下に残るつもりなんだ」
「ええっ!?」
 俺たち……マモルさんを始めとした仲良し五人組のことっすよね。ヒカリさん、カエデさん、イツキさん、タクミさん。黎明で何度かお話ししたことがあるっす。
 マモルさんが自分の首元を撫でる。そこには、首をぐるりと一周する深い傷跡。
「ほら、俺らみんな、こんなんになっちまっただろ。せっかく地上に出られるのに、みんなを怖がらせたり、迷惑かけたりするかもしれねぇからな」
 なんでもないことのように言うマモルさん。もしかして、それでみんなに見つからないようにこそこそしてたんすか?
「だから俺たちは、地下に残って――」
「駄目っすよそんなの!」
 思わず、叫んでたっす。だって、だって!
「マモルさんたちに何があったのか、師匠からうっすら聞いてるっす。師匠、言ってたっす。マモルさんたちは戦ったんだって! それでちょっと怪我しただけだって!」
 本当はちょっと怪我しただけじゃないみたいっすけど、そんなのどうだっていいっす!
「みんな、生きるために戦ったっす。怪我くらい誰でもしてるっすよ。自分だって腕の一本や二本なくしてたかもしれないっす。マモルさんたちは、ちょっとその怪我が酷いだけっす! だから気にすることないんすよ! 一緒に行くっす!」
「くらら……」
 自分、団体行動とか苦手っすけど、こういうときくらいはみんなと一緒にっす!
「太陽っすよ!? マモルさん、太陽見たくないんすか!? 海とかいうのもあるらしいっすよ! ヒカリさんの水着、見たくないっすか!」
「……ははっ。そりゃあ見たいな」
 そう言って笑ってくれたっすけど。
「ありがとな、くらら。もう遅いから寝ろよ」
「はい……」
 マモルさんは、手を振って行ってしまったっす。
 きっと、明日は一緒っすよね?    くららとマモルの会話をこっそり聞いていた人影が、小さく舌打ちをし、マモルの後を追おうと動き出した。
 その背中に、もう一人の人物が呆れたように声をかける。
「年寄りの冷や水」
「うおっ!? ……なんだ、視子か。誰が年寄りだ誰が」
「あなたしかいないでしょ。大丈夫よ、若い子に任せておけば。今ごろつうと人魚姫が、ヒカリを説得してるはずだわ」
「……そうか。ならいいんだ」
 それを聞いて、ハルは安堵の息をついた。マモルたちが地下に残るつもりなのを知り、なんとか説得しようと考えていたのだ。
「脱獄できるのは、あいつらのおかげでもあるんだからな。あいつらが地下に残るなんざおかしな話だ」
「そうね。残らなきゃいけないのはあなたなんじゃない?」
 軽口のつもりだった視子だが、ハルは痛いところを突かれたように顔をしかめた。
「……そうだな。地上に出る資格がないのは、俺の方だ」
 予想外の反応に、視子も押し黙る。
「なぁ視子」
「なに」
「俺は、地上に出ていいのか? あいつの妄執をここに置き去りにして、俺だけが太陽の光を浴びて、許されるのか……?」
 懺悔のように、言葉を絞り出す。
「……まぁ、詳しいことはまたじっくり聞かせてもらうけど」
 対して視子は、優しさと厳しさの混ざり合った声で、静かに諭す。
「少なくともハルさんには、くららを拾った責任があるでしょう」
 そう言われ、目を見開くハル。
「海にでも連れて行ってあげればいいんじゃない? あの子、喜ぶわよ」
「……ははっ」
 思わず笑ってしまった。馬鹿弟子のことを思うと、心が軽くなっていく。
「あまり悩みすぎないことね。でないと――」
 そして視子は、ハルの前髪を一房つまんで引っぱり。
「誰かさんみたいに、白髪だらけになっちゃうわよ」
 意地悪く笑って、踵を返し去っていった。
「誰かさん、ね」
 引っぱられた前髪をいじくりながら、ハルは顔を上げる。
「……あいつもただ、『太陽の光』を探してただけのはずだったんだけどな」
 見上げた地上は、未だ深い闇に包まれていた。