地球に落ちてきたのは、要するに植物の種だった。
 それは地球で言うテラフォーミング用の救荒植物だ。違う星の植物に寄生し擬態することで、遺伝子情報を解析・改ざん・複製し、自身を異星人にとっての可食物に改良するよう作られている。雄株と雌株があり、繁殖も可能である。
 その植物は、『テオフィル』と名付けられた。
 テオフィルを開発したのは、地球から遠く離れた、滅亡の危機に瀕したとある星の知的生命体だ。テオフィルの種を持って滅びゆく母星を脱出し、先住民のいないちょうどいい星を見つけたら、種を植えてその星を自分たちが住めるように開拓する。そういう予定で彼らは宇宙をさまよっていた。
 しかし不幸にも、彼らの宇宙船は隕石に衝突され、地球という星に墜落した。
 そして、その地球に落ちた種が、完全に想定外の変質を遂げたのだ。
 種は、その星の自然、人工物、生物のすべてに、手当たり次第に寄生し始めた。
 種と共に地球に落ちてきた異星の知的生命体は、地球の情報を学習してテオフィルの変質を研究し、寄生され歪んでしまった街を『ジェイル』、化け物になってしまった生物を『メルヒェン』と名付けた。
 そして、メルヒェンとはまた別の特殊な存在が生まれたことにも気づいた。
 メルヒェンと化した妊婦から生まれ落ちた、人間の子どもたち。
 その子どもたちは、人間ともメルヒェンとも違う、不思議な力を持っていた。
 種は、遺伝子の情報だけではなく、そこに込められた『概念』や『想い』といったものまで擬態した。メルヒェンから生まれてきた子どもたちの中には、まれにそういった『想いの力』が融合して生まれてくる者がいた。
 例えば、一番最初に種が落ちた場所には幼稚園があり、そこには絵本を描いているミチルという名の子どもがいた。
 不思議の国のアリス、赤ずきん、人魚姫、シンデレラ……ミチルは読んだ絵本を自分なりにアレンジし、絵も文章も自分で書き直していた。その幼稚園には、ミチルが描いた絵本が何冊もあった。
 そこへ、テオフィルの種が降ってきた。
 種は、絵本に込められたミチルや周りの子どもたちの想いを読み取り、擬態した。
 絵本に描かれた様々な物語の世界。主人公を助ける脇役たちと、邪魔する悪役たち。
 そして、困難に立ち向かい、物語を終わらせる主人公。
 それらに込められた想いや概念が、テオフィルの生みだした擬態にも混ざり込んだ。
 絵本の主人公の概念を宿して生まれてきた子どもたちは、メルヒェンの血を浴びると目をピンク色に光らせ、物語を終わらせるための力を覚醒させる。
 その子どもたちは、最初から自分の名前を知っていた。
 アリス。赤ずきん。人魚姫。シンデレラ。
 彼女たちは『血式少女』と名付けられた。  最初の幼稚園があった街は地下に沈んだが、地上には他にもいくつもの種が降り注ぎ、そのまま地上を侵食し、地下とは比べものにならない規模で世界を蝕んでいった。
 メルヒェンに当たる化け物が地上にも溢れかえり、それと同時に、血式少女と同じような存在も現れた。
 それは地下のように絵本の主人公の転生体ばかりではない。子供アニメの魔法少女、戦隊物の特撮ヒーロー、テレビゲームの勇者……それぞれの種が擬態した概念に応じてさまざまな姿や力を持っている。
 地上では、その存在を『ジェノサイド・ピンク』と呼ぶようになった。
 地下のように赤ん坊として産まれてくるのではなく、すでに成長して自我を持っている人間が寄生され、概念が融合されることもあった。そういった人々は、元の人間としての意識や記憶を持ちながら特殊な存在となったが、メルヒェンの血を浴びることで覚醒するのは血式少女と同じだった。
 しかし、すでに人間として成長していたためか、中にはその力に溺れ、だんだんと横暴になっていったり、己の欲望を満たすために力を振るうような者たちも現れた。
 人々はそんなジェノサイド・ピンクを恐れ、媚びへつらい、その力を崇めて祭り上げるようになっていった。  いち早くそのことに気づいた、誰かがいた。
 ジェノサイド・ピンクは、決して正義の味方だとは限らない。
 テオフィルの種が、たまたま正義の味方がいる場所に落ち、たまたま正義の味方の概念を擬態し、たまたま正義のジェノサイド・ピンクが生まれるだけだ。
 そうして生まれた『正義のジェノサイド・ピンク』ですら、人々のために戦うことで崇め称えられる内、やがて傲慢になり権力や支配に欲を出し、英雄を気取って意に沿わぬ人々を虐げ始めたりもする。
 ならば、もし。
 人を殺すためだけに生まれた、人を殺すためだけの存在。その想いを、概念を擬態し、それが胎児に宿ったとしたら、人を殺すためだけのジェノサイド・ピンクが生まれるのではないか?
 そう、例えばそれは――処刑台、とか。